貴重な(?)経験 少額訴訟の被告となる

平成22年8月19日東京簡易裁判所から「口頭弁論期日呼出状及び答弁書催告状」が特別送達で当社に届いた。本文には「頭書(仲介手数料返還請求事件)の事件について、原告から訴状が提出されました。当裁判所に出頭する期日及び場所は下記のとおり定められましたから、同期日に出頭してください。なお訴状を送達しますから、答弁書を作成し期日の1週間前までに2部提出してください。」とあり、期日9月3日午後1時30分・場所民事第404号法廷とある。

当社が訴えられたのは初めてなので、大変驚く。1年近く前の事件だし、見当違いも甚だしく(後述するが訴える相手を間違えている)当惑する。金額は48,300円。たいしたことはないが、訴状を読んですぐ反論(答弁書)を書き、書留で送った。

訴状を要約すると

「1.原告は平成21年9月7日にSと賃貸借契約を締結し、被告(当社)に48,300円を交付し被告はこれを受領した。

2.その後9月8日に原告は引越しを行ったがその際、荷物が多すぎるとの理由により大家であるSより契約を一方的に解約される。

3.契約解約にともない、原告は被告に交付した仲介手数料の返還を求めたが被告はこれに応じず、誠実な対応がなされていない。

4.よって被告は原告に金48,300円を支払え。」

とあり書証として当社作成の賃貸精算書とA不動産の手数料領収書のコピーが添付されていた。

事実を詳述すると、当社が元付けの池袋の物件(築40年以上の木造アパートの2階の部屋)を板橋のA不動産が客(原告)を見つけ当社社員と共に案内。申し込みがあり審査の後大家S氏に連絡し承諾を得たので手続を進め翌々日に当社で重要事項説明の後契約書に原告の署名・捺印をもらう。件の仲介手数料は客付け100%なのでA社の帰属になるが当社に原告を連れてくる前にA不動産にて既に受領していた。(これはマズイ。仲介手数料は契約が終了して始めてもらうべきもの)その他の諸費用は貸主代理として当社が預かる。ここまでは多少問題はあるものの順調。翌日に事件が発生した。午後に大家から電話が入る。「新しい入居者が大量の荷物を運び込み床が抜けそうなので至急止めてほしい」とのことで駆けつける。隣の部屋の方が大量の荷物に驚きパニックになり大家に知らせたらしい。搬入は中断しており、運送業者の若い人も荷物を全部入れると床が抜けると警告していた。部屋にはうず高く家財道具・電気製品が積まれていた。大家は1階に住んでいる方の安全上契約はできない。とにかく早く荷物を撤去して欲しいと原告に直接請求した。私も大家の署名・捺印もないし契約書も交付していない。その前にあなたが非常識で不適格だということが入居前に明確になったので合意は取り消すといい、大半の荷物をトラックに運び込み運送屋さんに保管してもらうことにした。勿論鍵は返却してもらった。荷物を減らすという妥協案も出たが、溜め込む人の性癖は変わらず、一般に荷物は住んでるうちは増える一方であり、この解決策は現実的でないと大家と共に判断した。この間A不動産に電話を入れ、問題が生じたので責任者がくるように要請したが、所用でいけないとのこと。豊島区福祉課にも電話したが(原告が生活保護を受けていた)サポタージュ。原告はすぐ住むところが必要ということなので明日代わりの物件を紹介することを約束する。

代わりの物件は気にいらず、翌日三つ葉不動産の紹介で要町に鉄筋の部屋が見つかり引越しの段取りとなる。当社は預かったお金は全て返却。保険料についてはクリーニングオフの手続をする。契約が不成立なのでA不動産に仲介手数料を返してもらうように原告及び付き添いのI氏・M氏に言う。翌朝A不動産が来たので手数料をかえしてやるよう忠告するが「契約は成立しており、成立している以上手数料はかえす必要が無い」と強弁。合意が最終的には成立せず、お客さんが入居できなかったのだから返すのが当然だろうと言い合う。開業してから間がなく免許番号がまだ1の業者のためなのか最低の常識が通じない。わうわう叫んで帰っていった。A不動産は原告側にも電話を入れ、「契約は成立しており、日生興産の処置は違法。即刻鍵を返してもらい荷物を減らすなどの方法で入居すべきである」等と無責任かつ非現実的な意見を言い、巧みに手数料返還回避をはかり、かつ原告を勇気付ける(訴状による)。

その後、原告本人・I氏・M氏がそれぞれ又は一緒に約1カ月の間に5.6回契約は成立しているとの抗議にみえたが、当社は成立していないと主張。大家の態度からみて当初の物件に入居するのは無理なので、むしろ契約不成立を主張してA不動産から仲介手数料を返してもらったらどうかと忠告するも、契約成立うんぬんに固執して聞く耳をもたず。訴状のように当社に仲介手数料の返還を求めることは無かった。(返還をもとめるには契約不成立を前提としなければならない。)従って一度も要求の無かった手数料返還を裁判で求められたので何を血迷ったのかと驚いたのである。

請求はA不動産に対してなされるべきもので、かつ当社が受け取った金員は全て無条件で返却しているので当社に対する請求には理由がないのは明らかであるが、被告になり、裁判所に出頭しなければいけないというのは愉快ではない。期日が近づくにつれいろいろな可能性を考え訴訟のことで頭が一杯になる。当日相手はどういう法律構成をしてくるのだろうか?不当利得か?不法行為か?いずれも理由がないが。少額訴訟は素人の裁判員が関与すると聞いているが、確り審理できるのだろうか?当方の反論(答弁書)を読めば請求に理由のないのは明らかなので取り下げその他中止の連絡が事前にあるのではないかとも考える。証拠書類及び証人があれば当日持参又は連れてきてくれということなのだが、証人といえば大家であるがそこまで煩わせることもあるまいと思い連絡せず。証拠も特に思い当たらないのでA不動産の名刺だけ持参することにした。

いよいよ9月3日・当日。今日も暑い。1時30分開廷だが早めに池袋を出る。場合によっては裁判官と論争もあるかもしれず、念のため六法を持っていく。少額訴訟・簡裁にいまひとつ信頼感が持てないので不安である。「山より大きなイノシシは出ない」(昔、政界でよく言われた言葉)と自分に言い聞かせ日比谷公園を歩く。ビルを間違えたため法廷に入ったのは30分ぎりぎりだった。大体15坪くらいの広さで、半分手前が傍聴席のようになっており先が楕円形のテーブルがおいてある。原告側はすでに揃っていて本人と付き添いのM氏。書記官が「土屋さんですか」と聞き、うなずくと紙片に名前を書くように言われた。まもなく正面のドアが開き、裁判官が入って来た。難しい顔をしており強持ての感じ。書記官が礼と号令をかける。

前方に移り図のようにテーブルをかこむ。裁判官が事件名を言い開廷を宣言する。原告・被告を確認(人定質問)。ここで揃ったとまた宣言。当方に向かって少額訴訟が提訴されているがこれを受けるか?と質問する。判決に不服がある場合、地方裁判所に控訴できず、異議申し立てしかできないとのこと。私はこれで終わらせたいので「結構です。受けます」と答える。  訴状を読みこれに間違いはないかと原告に確認。原告の提出した証拠であるA不動産発行の手数料領収書を開示(見るようにいう)。案内・契約・荷物搬入まで詳しく確認する。当方にはそれに対する当社の役割(関与度)を確認。「日生興産とA不動産とはどのような関係になるのだ」と聞かれたので「共同仲介です」と答えA不動産が客付けとなりお客(賃借人)から手数料100%受け取り、当社は元付けといい大家さんから謝礼を受け取ると一般的な説明をする。また契約について、講学上は賃貸借契約は諾成契約だが実務上・社会通念上は当事者双方が記名・捺印し契約書を取り交わして始めて成立するものと考えるべきと答える。裁判長はM氏に対して来る予定だったI氏の代わりと聴き、証人として採用すると宣言し、事実経過の説明を許した。審理が進むのを聞いているうちに、この裁判官は私の答弁書を確り読んだのだろうかと疑問が湧いてきた。読めば事実ははっきりしているだろうに。なにもダラダラやる必要はあるまいに、と思ったが、それが間違いだったのが暫くして判った。裁判長は「手数料を被告から取り戻すのは難しいね。相手を間違えたよ。まず支払ったA不動産を相手にすべきだよ。とりあえず日生興産は関係ない。」と発言。「訴訟はこのままだと敗訴になるが、取下げますか?」と原告側に聞いた。原告側が戸惑った顔をしているので、「判決したほうがいいでしょうかね」といってメモを見ながら一気に判決を読み上げた。「原告の請求を棄却する。原告は被告に対し、本件仲介手数料48,300円の返還を求めているが、証拠によれば本件仲介手数料を受領したのは被告会社ではなく訴外A不動産であることが認められる。そうすると、原告の被告に対する本件仲介手数料の返還請求権は存在しないことになるから、原告の主張を認めることはできない。…」と、簡単に述べて閉廷を宣言した。M氏は一般的にこのような場合賃貸借契約は成立しているのでしょうかときいた。裁判官は「そんなこと私に聞かないで下さい」と言い(これは使える台詞)暫くして「微妙ですね。どちらとも言えるのではないでしょうか」と断定を避けた。原告に「施設の人以外に親戚とかでこのようなことを相談できる人はいますか?」と気づかった。いないと答えるとM氏に良く補佐してやるようにと言った。(言外にこんな馬鹿な訴訟をするんじゃないと言っているように感じられた)ではといって一人先に後ろのドアから出て行った。礼。始まってから約30分がたっていた。

裁判長はおそらく当初から結論はでていたのだろうが、原告・被告に納得させるためにゆっくりと事実をなぞったのだろう。民間の裁判員という方は70代位の老人で最後に最終的に部屋は決まったのかと聞いただけであまり影響力はない感じだった。少額訴訟は本人訴訟で1日で終わる簡便なものであり濫訴のおそれがあるため、1人年1回と制限されている。今回のように明らかに根拠のない訴えについては答弁書が出た段階で原告に取下げを促すようなシステムがあってしかるべきではないか?なお、判決書は1週間後に送られてきた。

教訓及び感想

1.仲介手数料は契約が終わるまで払ってはいけない。最終的に当事者同士の合意ができず、また書類が揃わず破談になるケースが珍しくないからである。業者によってはA不動産のようになかなか返さないものもいる。

2 原告側は、契約未成立という当社の主張が不満で豊島区消費者センター・賃貸ホットラインに相談し、いずれも原告側の主張(成立)に近いものだったと鬼の首でも取ったように当初言ってきたが、裁判官も断言を躊躇するような問題についてはこれら相談所の相談・それも法律解釈はほとんど役に立たない。前記A不動産の激励のようにむしろ有害である。私も区の住宅相談に携わったことがあるが、そもそも相談者は相談の際に自分の都合のいいことしか言わない。また勝手に法律上の論点を設定し有利な解釈を求めてくる。そもそも相談は困った事態を打開するためになにかいい方策はないかと求めにいくものである。民間の争いの中で法律論が焦点となるのは「どのような法的主張をしたら相手から譲歩を得やすいか?」という観点から考えるべきものである。あたかも相談所等の法律解釈が神のご託宣のような力をもっているとの誤解があるように思う。個別的に具体的な「権利」といえるものは「裁判所が権利と認めたもののみ」で、それは具体的には判決である。これがご託宣に近い。それ以外は当事者双方の法的主張にすぎない。そして説得力は別にして、どのような法的主張をしようが原則的に自由である。

事後の解決・求める落し処を念頭において相談なり、交渉なりをすべきである。これは自戒を含めてであるが、相談所も自らが判定者(あるいは裁判官)であるかのような錯覚をしているおそれがある。「このように主張し、交渉してみたら如何ですか?」というべきであり、片耳で安易に断定的な法的判断・解釈をすべきでない。交渉の場ではなんの役に立たず混乱させるのみである。

まあ、色々と考えさせられる経験でした。少額訴訟についての体験者になりましたので、今後色々とご相談にのれるかと思います。

(平成22年10月19日  土屋 治)